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一撃必殺悪い人とか〜♪ お仕置きしちゃうぞ、闇討ちで〜♪ それなりに、それなりに〜♪ (※繰り返し) 悠木陽菜は扉の前で足を止めた。 白鳳寮の一室《3A−18》から、不思議な歌が聞こえてくる。 気にせず扉を小さくノックした。 「はいはい、どーぞー」 元気な返事を待って部屋の中へ入る。 「おや、ヒナちゃんどうしたの?」 この部屋の主である悠木かなでは、テーブルの前にぺたりと座り込んで作業をしていた。 妹の陽菜を見て、夏の陽射しのような笑顔になる。 「ちょっと遊びに来ただけ」 「そかそか。好きなだけゆっくりごろごろとしていくといいよ」 そう言ってかなでは作業に戻った。 机の上に置かれた紙に一所懸命絵を描いている。 かなでの髪が楽しげにふわふわと揺れた。 「お姉ちゃん、それは?」 「風紀シール」 「何に使うの?」 かなでは人差し指を唇に触れさせて少し考えた。 「えっとね、寮で悪さをする人がいるでしょ?」 「うん」 「わたしは寮長で風紀委員だからそういうのはちゃんと注意しないといけないと思うの」 陽菜は小さく頷く。 「少しでも迷惑かける人が減れば、その分みんなが楽しくいられると思うから」 「そうだね。私もそう思うよ、お姉ちゃん」 姉の言葉に微笑みを浮かべる。 「だから、治安を守るためにこのシールが必要なの」 「……?」 陽菜はよくわからなかった。 シールを貼ったくらいで懲りるものだろうか。 そんな妹の様子に気づかず、かなでは再び絵を描き始めた。 色とりどりのマジックがかなでの小さな手によって踊る。 描きかけの絵を陽菜は何気なく見た。 くらり、と視界が歪んだ。 「……あれ?」 「ヒナちゃんどうしたの?」 「ううん、なんでもないよ」 陽菜は頭を小さく振ってみた。 別になんともない。 気のせいだったのだろう、と陽菜は思った。 「よしっ、一個できあがり♪」 どうやらシールが一つ完成したらしい。 陽菜はその絵を見た。 ……… 陽菜は草原にいた。 遠くから歌が聞こえる。 《一撃必殺悪いヒトとか〜♪》 「お姉ちゃんの、声……?」 声の聞こえる方を見る。 《お仕置きしちゃうぞ、闇討ちで〜♪》 世界が揺れた。 激しい地響きだ。 思わずしゃがみ込む。 《それなりに〜、それなりに〜♪》 不思議な歌にあわせて、地中から何かが―― 「風紀シール!?」 悪魔のようなあの絵がゆっくりと現れた。 歌が繰り返し聞こえてくる。 《それなりに〜、それなりに〜♪》 絵は巨大な口を開けいくつもの獰猛な牙で威嚇する。 逃げようとした。 しかし、恐怖のあまりに動けない。 やがて絵はその口で―― 「助けて、お姉ちゃん、孝平くん、いやああぁぁぁっ!」 ぱくん。 ……… 気がつくとかなでの部屋に戻っていた。 目の前で姉がシールを量産している。 「夢……?」 手にはしっとりと汗が滲んでいた。 この風紀シールは凶悪な兵器なのかも知れない。 たぶん人類が到達してはいけない域にあるもの。 そんな気がした。 「全部完成っ、それじゃ効果を試しに行こうっ」 かなでは楽しげな様子で、勢い良く立ち上がった。 かなでは談話室の死角に忍者のように隠れていた。 |
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缶コーヒーを飲んでいる男子生徒をじっと見つめている。 「よっと」 飲み終わった缶をゴミ箱に投げた。 缶は狙いをそれて燃えるゴミ箱に入った。 「ま、いいか」 そのまま立ち去ろうとする。 「……見ちゃった」 男子生徒は背後からの声に振り返った。 そこにはかわいらしく微笑む寮長の姿。 男子生徒はなぜか激しい悪寒を感じ、その原因を探す。 そして寮長の手にあるシールを見た。 「ひっ、な、なんだそれっ!」 恐怖のあまり腰を抜かして後ずさる。 「逃げちゃダメだよ?」 かなでがムササビのように飛びかかる。 悲鳴が寮内に響き渡った。 かなでのシールお試しは続き、寮内にいくつもの悲鳴が木霊していた。 陽菜はかなでの言葉を思い出す。 《少しでも迷惑かける人が減れば、その分みんなが楽しくいられると思うから》 お姉ちゃんも迷惑かけてる気がする。 そう思った。 |
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