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白崎「ねえ筧くん」
筧「どうした」
放課後の部室。
図書部の活動は終わり、本を読んでいる俺と、何やら編み物をしている白崎が残っている。
ページを繰る音だけが響く部屋の静寂を、白崎が破った。
白崎「あのね、部室に足りないものがあると思うんだ」
筧「足りないもの? ……別に不便だと思ったことはないが」
白崎「そう?」
筧「本を読んで過ごすには今ある物で十分だ」
白崎「きっと、本を読むのにもあった方がいいものだよ」
筧「へえ。なんだろ」
もったいぶるように間を取って、白崎が答を言う。
白崎「電気ポット」
筧「ポット?」
白崎「うん。お湯が沸かせる電気ポットがあれば、ほら、コーヒーとか飲めるようになるよ。本を読むのと相性いいんじゃない?」
筧「なるほど」
部屋を見回す。
コンセントはある。
だが、この部屋には水道がない。
筧「水はどうするんだ」
白崎「それが問題だよね」
きょろきょろしている白崎。
どんなにこの部屋を見渡しても、水道はない。元は閲覧室かなんかだった部屋だ。
それと、できれば問題は話を振る前に解決しておいてほしかった。
筧「この部室に一番近い水道は、受付カウンター脇から入った奥にあるトイレだ」
白崎「トイレは、ちょっと」
筧「だよな」
白崎「その次は?」
筧「ん……、使わせてもらえるかどうか怪しいが、図書館司書さんの控え室の水道かな」
白崎「好きなときに好きなだけ使うのは難しそうだね」
筧「そうだな」
白崎「外は?」
窓から外を見渡す白崎。
筧「どこかにスプリンクラーくらいあるかも知れないが」
白崎「そっか……」
肩を落とす。
筧「そんなにポットが欲しいのか?」
白崎「だって、ポットがあれば冬の寒い日でも熱々のお茶が飲めるし、あとは……そうそう、小腹が空いたときにカップ麺を食べられるよ」
どうよ! という自信満々の顔をする白崎。そんなに画期的な話でもないが、小腹が空いたときの対策には少し心惹かれる。
筧「カップ麺か……」
白崎「ほら、カップ麺なら買い置きもしておけるし、ね」
なぜかボクシングのようにファイティングポーズを取って、しゅしゅっと虚空にパンチを繰り出している。
誰と戦っているんだろう。
白崎「他に水を持って来れそうな場所、知らない?」
読みかけの本に栞を挟み、考える。
筧「……いっそ、ミネラルウォーターのペットボトルを買って使えばいいんじゃないか」
白崎「ああ、そっか。さすが筧くん」
過剰に感心される。
筧「多少、金はかかるけど」
白崎「誰がお金を払うのかな。使った人? それとも部費から?」
筧「それはポットを導入しようとしてる白崎が決めればいいんじゃないか。あとちなみに部費なるものは存在しない」
白崎「筧くんは使わないの?」
筧「しばらく様子を見てから決めようかな。誰も使わなかったら、ミネラルウォーターも腐るかも知れない」
白崎「そんなー」
がくりと頭を垂れる。
……かと思えば、ちらっとこっちを見たりしている。
なんなんだ。
筧「ま、小腹が空いたときにカップ麺が食べられるというのは魅力的だと思う」
白崎「だよね!」
筧「ちょっと遠くなるけど、図書館の入り口脇にある水道から汲んでくるのが妥当かな」
白崎「うんうん、なるほど」
筧「あそこなら図書館が開いてるうちならずっと使えるし」
白崎「そうだね」
頷きながらメモを取っている。
そのメモは必要なのだろうか。
筧「……それより、ポット自体はどうするんだ。もうあるのか?」
白崎「いいえ……まだです」
筧「白崎が自宅のを部室に寄附してくれるとか?」
白崎「えええ、買ったばっかりなのに」
筧「分かった。それで便利だったから部室にも欲しくなったんだろ」
白崎「う……さすが筧くんは全部お見通しだね」
筧「白崎が言い出したことなんだから、白崎が持ってくるのが筋じゃないのか」
白崎「いいもん。じゃあ賛成してくれるみんなから少しずつお金を集めて買うから」
筧「お金出さないと使えないのか」
白崎「そんなにケチじゃありません」
腰に手を当てて、少しお姉さんぶったように言う。
白崎「でも、カップ麺を食べる人には協力して欲しいかな」
筧「……はいはい」

こうしてまた一つ、白崎のペースで部室に備品が増えることになった。
ま、誰かのペースに乗せられるのも、そんなに悪くない。

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